東京・練馬区にかつて存在した「としまえん」は、1926年に開園し、約94年もの長きにわたり、多くの人々に愛され続けた遊園地です。
開園当初はまだ東京に遊園地文化が根付いていない時代でした。そこに突如現れた「都会の楽園」は、子どもたちの夢を育み、大人たちには日常から離れたひとときを提供しました。閉園のニュースが流れた2020年は、多くの人にとって「時代の終わり」を感じさせる出来事でした。しかし、その跡地は新たな姿で再生し、今なお東京の人々に話題を提供し続けています。
としまえんの歩み
大正の誕生と昭和の成長期
としまえんは、実業家・石川幹一の手によって開園されました。大正末期の東京に、広大な庭園と水辺を活かしたレジャースポットが誕生しました。
開園当時は、 桜や紅葉を楽しむ自然公園的要素が強く、動物園や小型の遊具が中心でした。昭和初期にかけて徐々にアトラクションが増え、戦後の復興期には「都民の心の拠り所」として人気が爆発しました。
国内初の画期的施設
1965年、国内初の流れるプールが登場しました。これは世界的にも珍しい試みで、360度途切れなく流れる水路を浮き輪で漂うという発想は、当時の子どもたちを熱狂させました。
同時期に登場したのが、ドイツ製アンティークのカルーセルエルドラドです。木馬や馬車が美しい装飾とともに回転する姿は、まるでおとぎ話の世界のようでした。このメリーゴーランドは、1907年製造という歴史を持ち、アメリカの遊園地を経て日本にやってきた“旅する文化財”でもありました。
黄金期:ファミリー&青春の象徴
- コークスクリュー:ねじれたレールを高速で駆け抜ける絶叫マシン
- フライングパイレーツ:空に舞い上がる巨大バイキング船
- ミステリーゾーン:お化け屋敷のような暗闇アトラクション
- 波のプール:人工的に波を作り出し、まるで海水浴のような体験
さらに、夏の花火大会や冬のイルミネーションはデートスポットとしても有名で、青春の思い出の舞台になった人も少なくありません。
としまえんのイベント文化
- 春:桜まつりとフリーパス割引
- 夏:流れるプール+花火ナイト
- 秋:ハロウィンパレードとコスプレイベント
- 冬:イルミネーション&アイススケート
これらのイベントは単なる娯楽にとどまらず、地域商店街とのコラボや地元学生のパフォーマンスなど、地域文化の発信拠点にもなっていました。Japaaanの記事では、その文化的背景や園内の歴史的価値についても詳しく解説されています。
閉園の衝撃
2020年8月31日、としまえんは94年の歴史に幕を下ろしました。この閉園は、単に「一つの遊園地が終わる」という話ではなく、多くの人の心に刻まれた時代の終焉でした。
- 都市再開発による土地活用計画
- 来園者数の減少(特に2000年代以降)
- 大規模改修に必要なコスト負担
最終営業日には、朝から長蛇の列ができ、「最後のプール」や「最後の花火」を見届けようとする人々が詰めかけました。涙ながらにスタッフへ感謝を伝える来園者も多く、園内のあちこちで「ありがとうとしまえん」の声が響きました。
跡地の未来:新たな物語の始まり
跡地の大部分は、ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 – メイキング・オブ・ハリー・ポッターとして生まれ変わりました。 ⚡ 映画のセットや小道具、特殊効果の展示など、まるで魔法の世界に迷い込んだような体験ができ、開業初日から世界中のファンで賑わっています。
一方、残るエリアは防災公園として整備され、災害時には避難場所や物資集積所として機能する予定です。これは地域防災の観点からも極めて重要な取り組みです。
としまえんが残した遺産
- 遊園地+季節イベントというモデルを確立
- ファミリー層と若者層双方を惹きつける運営戦略を展開
- レジャー施設が地域経済に与える効果を実証
文化財としてのカルーセルエルドラドは、現在も保存されており、将来の再公開が期待されています。
まとめ
- としまえんは1926年開園、94年間愛された東京の遊園地
- 国内初の流れるプールやカルーセルエルドラドなど歴史的価値の高い施設を有していた
- 閉園後はワーナー ブラザース スタジオツアー東京や防災公園として再生
- 地域文化の発信拠点としての役割も果たした
- 思い出と未来をつなぐ、東京の象徴的な存在

